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「インド万華鏡」の旅へ

インドの風景、遺跡、人々、神々、ヨーガ、伝統武術

タンジャヴール:ブリハディーシュワラ寺院 【チョーラ朝寺院建築の壮大】

今回取り上げるのは、南インドのタミルナードゥ州、タンジャブール(Thanjavur)市にある世界遺産、ブリハディーシュワラ寺院(Brihadeeswara Temple)だ。 

この寺院は1010年にチョーラ王ラージャラージャⅠ世によって建てられた、登り龍の如き帝国の隆盛を象徴する巨大なシヴァ寺院だ。

1987年にはガンガイコンダチョーラプーラムにある同名寺院と共に世界遺産に登録されたが、2004年にダラーシュラムにあるアイラヴァテシュワラ寺院を新たに加え、三寺院で構成される『大チョーラ寺院群』として再編登録された。

http://venkatarangan.com/blog/wp-content/uploads/2012/04/THANJAVUR-BIG-TEMPLE-8.jpg

http://venkatarangan.com/blog/ より

その寺域境内は東西に長く270m✖140mの外壁と更に内壁によって二重に囲まれ、それぞれ一つしかない入口には比較的背の低いゴプラム門塔が設置されている。

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寺域外壁の北東端から第1、第2ゴプラムと主神殿ヴィマーナを望む

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重なって分かりにくいが、正面から最外壁の小門越しに第1ゴプラムを見る。開門時間は朝6時〜12時半、午後は4時〜8時半。午後の早い時間は閉まっているので注意が必要だ。入場は無料。

ラージャラージャⅠ世は衰退の危機にあったチョーラ朝を数々の侵略戦争を勝ち抜く事によって再興し、繁栄の基礎を築いた大王だ。

大王指揮下のチョーラ朝は領域を次々と拡大し、現在のケララに当たるチェーラ朝、同じタミルに隣接するパンディヤ朝、海を挟んだスリランカの北部を併合し、更に北上して現在のオリッサに当たるカリンガをも征服した。

飛ぶ鳥を落とす勢いの国威を発揚する為に建てられたブリハデーシュワラ寺院、その主神殿ヴィマーナの高さは60mを超え、当時この手の建造物としては、インドだけではなく全世界でも最大の威容を誇ったという。

三つセットの世界遺産の内のひとつ、ガンガイコンダ・チョーラプーラムは彼の息子であるラジェーンドラⅠ世がガンジス河畔にまで進軍した事を記念し、『ガンガ(ガンジス川)までも征服したチョーラの都』の意味だと言うのだから、その侵略精神は半端ではない。

ラージャラージャⅠ世、ラジェーンドラⅠ世の親子二代において、チョーラ朝はアフリカ沿岸から中国に至る広大な海域を支配する強大な海軍力を保持していた。

この親子が侵略した北インドのパーラ朝、スリランカのシンハラ朝、インドネシアのシュリヴィジャヤ王国が共に仏教を信仰していた事から、熱烈なヒンドゥ教徒であった彼らにとって、異教徒である仏教徒を『成敗』する、という事が、彼らを駆り立てたひとつの強力な動機になっていたのではないかと私は見ている。

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ラージャラージャⅠ世大王、その最盛期の版図 Raja Raja Chola I - Wikipedia より

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RajendraⅠの勢力圏 Rajendra Chola I - Wikipedia より

それでは、ラージャラージャ・チョーラⅠ世大王の畢生の大寺院、ブリハディーシュワラ寺院を詳しく紹介していこう。

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第1ゴプラムを内側から振り返って見る。ゲートの奥に入口の小門が見える

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第1ゴプラムより背は低いが美しい彫刻で飾られた第2ゴプラム外側。両脇の像は門衛ドワラパーラ

寺域外壁の東端に開いた小門をくぐり、第一ゴプラムを過ぎ第2ゴプラムの正面に立つと、すでに境内手前に置かれたナンディ像の尻と、その奥の巨大ヴィマーナが眼に入って来る。

ナンディは神的な牡牛で、シヴァ神の乗り物だと言われている。インドの聖牛思想のひとつの精華だ。

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参拝者を最初に迎える、重量感あふれるナンディ像の尻。背後にはヴィマーナ上部が見える

第2ゴプラムを入るとそこは広大な境内で、列柱に囲まれたナンディ堂が正面に見える。すべてが巨大でしかも直線上に並んでいるので、本殿の全貌はこの時点ではまだ分からない。

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第2ゴプラムを内陣から見る。上半身裸にドーティ(ルンギ)姿は南インドの参拝の正装 

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ナンディ祠堂の内部天井は美しい彩色絵で飾られている。主デザインは吉祥チャクラ文様だ

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ナンディ像の左側の列柱の間から本殿を見る。天上彩色絵のモチーフは蓮華であり同時に車輪でもある。周囲を囲うような青の色彩が鮮烈だ

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ナンディ像の周りは回廊状になっていてインド人が右繞していた。比べると像の巨大さが分かる

このナンディ像は単石を彫り込んだもので、全長6m、頭部の高さで4m、重さは20トンを超える、インド国内でも最大級の大きさだと言う。

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ナンディ牛は長い舌で鼻の穴を舐めている。インド人の『牛愛』が感じられる絵柄だ。

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ナンディの前にはドヴァジャ・スタンバ(Dwaja stanbha)と呼ばれる銅製の旗柱が建っている

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その先に、漸く主神殿の全容が見えて来る。しかしその巨大さの実感は今一湧かない

寺院は総グラナイト石製で、その総重量は10万トンを超えると言うが、それがどれほどの重さであるのか、もはや想像を絶している。

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Chola Splendour より。ナンディ堂と主神殿の配置。主神殿前室ホールが二段構えで極端に長い

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この辺りまで来て見上げると、漸くヴィマーナの巨大さが実感できる。圧倒的な存在感

インド人は様々な異名を付けるのが大好きだが、このヴィマーナ・タワーはシヴァ神が住まうヒマラヤのカイラス山であるとも言われ、あるいはまた、インド随一の威容から世界の中心に聳え神々が住まうメール山(須弥山)をイメージして『Dakshin Meru:南のメール山』とも呼ばれているらしい。

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神殿ヴィマーナは16階の層塔構造になっている。最上部には冠状のシカラとピナクル

主神殿ヴィマーナ(層塔)の巨大さは圧倒的なのだが、とにかく境内すべての造作がでかいので、遠ければ小さく見え、逆に近づきすぎるとその大きさの全体像が分からなくなる。

このヴィマーナ最上部に置かれたシカラと呼ばれる一枚岩の冠石は80トンもあると言われ、今から千年も前に一体どうやってこれを高さ60mにまで持ち上げて据えたのか、未だに謎に包まれているらしい。

ちなみに、写真は撮れなかったが、神殿内部の御本尊であるシヴァ・リンガムは高さ3.7mで、これもインド最大級を誇ると言うこちらのサイトで写真を見られる)

『王の中の王』を自称するこのラージャラージャ大王は、とにかく一番でかい事が好きだったようだ。その自己顕示欲が国家事業として結実したのがこのブリハデーシュワラ寺院な訳で、現代人の一庶民に過ぎない私などの想像を超えた世界が広がっている。

恐らく絵にかいたような『俺様キング』だったのだろう(笑)。この様な素晴らしい寺院を残してくれた事はありがたいが、しかし生きて目の前にいたら、あまりお友達には成りたくはないタイプかも知れない。

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神室の漆喰壁内部から発見されたチョーラ朝時代の古いフレスコ画『戦うシヴァ神像』。あるいはこれは征服王ラージャラージャⅠ世の、自己投影の産物か(博物館展示より)

私はこれまでインドを広く周り、様々な宗教の現場にも立ち会って来ているが、いわゆる『我執』が強く自我意識の肥大化した者ほど、宗教心あるいは『信仰心』もまた強い、という側面は否定できない気がする。

結局「神を崇める」と言う心的営為は、「自分を崇める」という事の別態様に過ぎない。

このブリハディーシュワラ寺院の別名はラージャラージェシュワラ(Rajaraja-eshwara)と呼ばれ、その意味はラージャラージャ神、あるいは「神なるラージャラージャ」になる。

正に彼は、自らを「生けるシヴァ神の化身」として自画自賛し、崇めていたのだろう。

古代エジプトの王ファラオが言う、「我に従え、我は神なり!」という叫びが結晶化したものこそが、この壮大なるラージャラージェシュワラ寺院に他ならない。

私は別ブログ『仏道修行』のゼロポイントでゴータマ・ブッダの原像について探求しているが、正にブッダの生き様の対極に位置する様な『世俗の王』を体現し、その頂点を極めた者こそが、ラージャラージャⅠ世大王だったのだ。

そんな王が、ブッダの教えとそれを奉ずる者たちを憎悪し攻撃したのは、ある意味必然だったのかも知れない。

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本殿の壁面には間をおいて龕が掘られ彫像が設置されている。これはヴィシュヌの女性形なのでラクシュミだろうか。最下部に列をなしているのは南インドに特徴的な神獣ヤーリ

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Chola Splendour によると上の像はサラスワティ女神らしい。穏やかな菩薩顔をしている

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真横(南側)回廊から見上げるヴィマーナ

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手前西から奥東に向かって、ガネーシャ堂、本殿とその前室、ナンディ堂、第2ゴプラム、第1ゴプラム

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本殿左奥にあるガネーシャ堂の御本尊

境内の構成は、中心に巨大な本殿並びにその前室を東西に横たわる形で置き、その入口正面(東側)にナンディ堂、本殿の左(南側)奥にガネーシャ堂を、右(北側)の奥にスブラマニヤ(スカンダorムルガン)寺院、入口正面の右横(北側)にアンマン(パールヴァティ)寺院、ナタラジャ・マンダパ、その他の小祠堂などを配した寺院コンプレックスになっており、その周囲を取り囲む内壁は回廊状になっている。

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境内見取り図(博物館展示より)

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小祠堂の御本尊様。上の六芒星中心はタミル語版のオーム

中でも北西隅のスブラマニヤ寺院はその外装彫刻が美しく、また内部が彩色された前室も珍しい意匠で、是非覗いて見て欲しい所だ。

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精緻な造作が美しいスブラマニヤ寺院。階段部の彫刻が見事だ。左側の馬の像はその後部に本来は車輪をおいており(この時は博物館に展示)、寺院全体がラタ戦車(馬車)である、というコンセプトに基づいている

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別サイドの階段装飾。左隅のクジャクに乗っているのはムルガン神

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スブラマニヤ寺院全景。コンパクトにまとまった美しい造形だ

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神室の脇を守る門衛ドワラパーラ

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前室内部は美しく彩色され、中でも天井のチャクラ文様が印象的だ。奥には本殿入口が見える

この前室内部の装飾には、ナンディ堂の天井絵と同様、印象的な『青』が用いられており、これはひょっとすると強大な海軍力を誇ったチョーラ朝の『ネイビー・カラー』なのかも知れない。

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七五三?的なプージャでアンマン堂に来ていたおばあちゃんとお孫さん。インド人の家族愛は深い

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ナタラージャ・マンダパの御本尊、踊るシヴァ神

境内の周囲を巡る内壁回廊、その南側は博物館などで塞がっているのだが、特に西側には沢山のシヴァ・リンガムがズラリと並べられ、その背後の壁には彩色画が描かれたギャラリーになっている。

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結構大きなシヴァ・リンガムと壁絵。シヴァと神姫パールヴァティがナンディに乗っている

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ネズミに乗ったガネーシャ神。彼はシヴァとパールヴァティの息子だ

それ以外にも内壁回廊はシヴァ・リンガムであふれており、一説によると総数250を超えるリンガが祀られていると言う。

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回廊はいたる所このような大小のリンガだらけだ

 

ブリハディーシュワラ寺院の北側には、かなり広い緑地公園(小動物園を兼ねる)が設けられていて、そこからも本殿ヴィマーナを遠望する事が出来る。

 

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北側から見た本殿ヴィマーナ。緑のヤシとのコントラストが新鮮だ

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公園の木々の間からもヴィマーナの雄姿が見える

この公園、有料だがインド的な微妙な情趣に溢れていて周回するミニ電車も走っている。さすがに一人で乗る気にはなれなかったが、カップルなどであれば童心に帰って乗ってみるのも楽しいだろう。背後には大きな貯水池がありボートにも乗れる。

タンジャブールは長くチョーラ朝の首都でもあったので、市内には他にも旧パレスや博物館などの見所がある。時間に余裕があれば是非まわって見たい。

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ブリハデーシュワラ寺院のヴィマーナを模したようなArsenal Tower

タンジャヴール・マラタ・パレス(Thanjavur Maratha Palace)はユニークなタワー建築がひと際眼を惹く。展望塔であるBell Towerの内部天上は美しい蓮華のモチーフで飾られている。

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反対側のベル・タワー。屋上に登った人の姿が見える。建物が中庭を四角く囲っている

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蓮華デザインが美しいベル・タワー内部。一部が博物館になっていて巨大なクジラの骨格標本がある

アート・ミュージアム(美術館)は、その格調高いチョーラ様式のブロンズ像の宝庫で、一見の価値があるだろう。

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頭上に頂いた高い冠が特徴的なチョーラ様式のヴィシュヌ像

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グラマラスな女神像。タミルの女性像は非常にスタイルがいいのだが、王宮の女たちがモデルなのだろうか

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磨いたのかそれとも新しいレプリカなのか、多重円環と全体のデザインも珍しい黄金のナタラージャ神像

実はこの博物館にはいくつかの仏像も収蔵されており、そのスタイルはスリランカのそれと酷似している。この辺り、仏像の造形を対比しつつ様々な検証を行えば、歴史的なタミルとスリランカ両者の因縁関係が浮き彫りになって来る気がする。

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半跏趺坐や手の重ね方、頭頂部の意匠などスリランカの物と酷似している仏像

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こちらも同様、この地域で仏教が栄えていた頃の歴史的遺産か

 

ブリハディーシュワラ寺院について、日本語のサイトでは以下の二つが詳しい。私も本ブログを書くに際して拝見して、改めて勉強になった。

BRIHADISWARA TEMPLE in THANJAVUR 神谷武夫  大チョーラ朝寺院1

そして旅のノウハウに関しては『2015年週末海外計画第1弾 懲りずに弾丸マレーシア&南インドの旅 (2)インド・タンジャヴール編 』 など。

英語版は

Brihadeeswarar Temple - Wikipedia  Welcome to The BigTemple.com !

 

最後に、Youtubeのビデオを張っておこう。最初のものは英語。二番目はタミル語だが英語の字幕が付いている。どちらも映像は綺麗だ。

最近のビデオは高画質で臨場感に溢れており、これらを見ただけで全容が大体把握できるが、あの巨大ヴィマーナの圧倒的な存在感はやはり生で見なければ味わえない。

タンジャヴールは州都チェンナイからバスで8時間、近隣のポンディシェリー、チダムバラム、クンバコナム、ティルチー、そしてマドゥライなどからも多くのバスがある。

長距離バスが発着するニューバススタンドは市中心部から数キロ離れており、オールド・バススタンドとの間には市バスが通っている。

ミルナードゥ州は長距離、市内共に非常にバスの便が充実している。観光ポイントもバス移動に適当な距離で点在しているので、州内の移動であれば鉄道を使うメリットは余りないだろう。

宿は鉄道駅周辺からオールド・バススタンド周辺にかけてに集中している。移動の便も考えるとバススタンド周辺がお勧めだ。最近のインドは変化が激しいので、訪問する場合は最新の情報を収集して欲しい。

市の中心部からブリハデーシュワラ寺院までは、たいていが徒歩で行ける距離だ。タミル人は親切なので、通称の『ビッグ・テンプル(Big Temple)』と言えば誰でも行き方を教えてくれるはずだ。

この寺院は世界遺産であるにもかかわらず入場料を取らないと言う素晴らしいポリシーを堅持しており、1,000年の歴史を持ちながら今でも現役の生きた寺院として市民を始め多くの人々に親しまれている。

是非機会があれば訪ねてみて、直接その眼で、あの圧倒的な巨大さを感じて欲しいと思う。朝晩のプージャや祭礼などに参加できれば、忘れ難い思い出になるはずだ。

本ブログの記事が、あなたの旅心を少しでも刺激できたなら嬉しい。

  

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チットールガル城砦:ラージプートの栄光と殉難の記憶

砂漠の国ラジャスタン州は、インドでもその特徴的な文化、風俗でとりわけ人気が高いが、いわゆる城塞都市の宝庫としても知られている。

今回は中でも,、岩がちな丘陵が丸ごとひとつ城壁で囲まれた、チットールガル(Chittaurgarh or Chittorgarh)城砦を紹介したい。

India - Rajasthan - Chittorgarh Fort - Guide MapIndia - Rajasthan - Chittorgarh Fort - Guide Map | Chittorgarh | Flickrより。左が北、下が市街地

チットールガルはウダイプルから東に115㎞ほど、バスでおよそ2時間の距離にある地方の小都市だ。ブンディ、アジメール、ジャイプールなど各都市からもバスの便がある。

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町中ではラクダのトラック?がガスボンベを運んでいた。女性のサリーがラジャスタンらしい

州営バススタンドから一歩大通りに足を踏み出した瞬間、東の果てに横たわる丘の上の城砦が目に入って来るだろう。

バス・スタンドは新市街のはずれにあり、ガンベリー川を越えて旧市街に入るに従い、その威容は迫力を増してくる。

チットールガル城砦は、上の地図で見るように南北に細長い魚の形をした高さ180mほどの丘陵を丸ごと城壁で囲った難攻不落の要塞都市で、広さはおよそ2.8㎢という広大なエリアを占めている。

この城砦を何よりも有名にしているのが、その悲劇の歴史だ。

(詳細情報は英語だがChittorgarh - WikipediaあるいはChittorgarh – Travel guide at Wikivoyageを参照)

9世紀にラージプートのメワール朝の首都に定められたが、14世紀にはデリーのイスラム朝アラウッディン・ハルジーによって激しく攻めたてられた。

その後1535年にはグジャラートのスルタン、バハドゥール・シャーに、そして続く1567年にはムガル帝国のアクバルによって総攻撃を食らい、ついに陥落され廃墟となった。

この時ムガル帝国に敗れたマハラナ・ウダイ・シンⅡ世は辛うじてチットール城から撤退し、現在のウダイプルに引き籠りその基礎を築いたと言う。

その他にも数多の戦があり、チットールガルの歴史とは常にイスラム勢力との攻防の歴史であった。そして戦いのたびに誇り高いヒンドゥ・ラージプートの戦士たちが死を賭して城を守り、時に壊滅した。

男たちが戦場に倒れ、もはや陥落も必定と分かった時、宮廷の女たちの多くもまた覚悟を決め、後を追って焼け落ちる城の炎の中に、あるいは夫たちの火葬の火の中に我と我が身を投じた(サティ)と言う。

一説によれば、その波乱の歴史を通じて、戦死した男たちの後を追って死を選んだ女子供の数は一万を超えるとも伝えられている。

そんないわれもあってか、特にヒンドゥのインド人にとってはアイデンティティをくすぐられる歴史ロマンのメッカとして人気が高く、新婚旅行のコースにもしばしば入れられると聞いた。

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観光地お決りのコスプレ。マハラーナー(王)とマハラーニー(王妃)に成り切った新婚カップル

チットールガル城砦は、2013年に『ラジャスタン州の六つの丘陵城砦群』のひとつとして世界文化遺産に登録されている。

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市街地からフォート・ロードを東に向かうと、城壁にぶち当たる

町からはオート・リクシャをチャーターして来るのが一般的だが、さほど距離はないので健脚の方は歩いていくことも可能だ。旧市街からはフォート・ロードの一本道で、途中にある七つの門を通過して城砦の内部に至る。

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城壁で囲まれたヘアピンカーブの坂道を曲がり、小さなゲートをくぐって更に上に登る

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メイン・ゲートとなるラム・ポール門。これは西陽を浴びた夕方の写真。精巧な象のレリーフが美しい

ラムポール門から城砦内部に入ると、その一帯には民家が広がっており、一般住民が現在も居住している。残念ながらゲストハウスがあるという情報は得られなかったが、その内できるかも知れない。

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白壁の瀟洒な民家。周囲の環境は遺跡村だが、文化レベルは高いのかも知れない 

全体のセッティングは以前に紹介したマディヤ・プラデシュ州のマンドゥにも似ているが、どちらかと言うと長期滞在の散策型と言うよりも、オートなどをチャーターして主なポイントをざっと見て回る、という人が多いようだ。

見どころとしてはスタンバ(Stambha)と呼ばれる高層のタワー、廃墟と化した宮殿、ジャイナ教寺院、ヒンドゥ教寺院、城内での生活を支えた貯水池クンドなどがある。

確か遺跡エリアに入る前に小さなブースがあって入場券を売っていた。私の時は100Rsだったと記憶しているが、現在は値上がりしているかも知れない。

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 遺跡エリアの最初に現われるラナ・クンバ・パレス。石材をレンガ様に加工して細かく積み上げている

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 ラナ・クンバ・パレス遠景。崩落が激しいが、かつての威容と栄華は充分に想像できる 

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パレス内部の様子。西からの夕陽に照らされ、東からは月が昇っている

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別の場所から月の出、ズームアップ。ロマンチックでんな~。一人で行った事が大いに悔やまれた(笑)

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シュヴェタンベール(Shwetamber)ジャイナ教寺院。踊り子を中心に精緻な彫刻が美しい

パレスを過ぎてさらに南に向かうと、やがてジャイナ教寺院コンプレックスに行き当たる。余り知られてはいないが、その外壁彫刻の保存状態も良く、お勧めのポイントだ。

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壁面彫刻のアップ。典型的なジャイナ教のデザインだ

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外側から別の建物を写す。ブーゲンビリアと白大理石のコントラストが美しい

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寺院内部の様子。お参りする女性のサリーの色彩が映える

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ドーム屋根の内部天井は、ジャイナ教寺院におなじみの円輪チャクラ・デザインで装飾されている

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ドーム・マンダパがあり、手前の本殿神室は尖塔になっている。これも典型的なジャイナ・スタイルだ

更に南に向かうと右手の奥に今度はヒンドゥ教のクンバシャム寺院とミーラーバーイ( Meerabai)寺院が姿を現す。

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クンバシャム寺院。砲弾型の塔と最上部のシカラは古形を保っている

この二つの寺院は、有名なヒンドゥのバクティ詩人ミーラーバーイにゆかりの深いもので、外部からチットールに嫁入りした彼女が、生涯にわたってクリシュナ神に対する篤信を捧げたものだと言う。

更に南に進み、やがて目に入って来るのはヴィジャイ・スタンバ(Vijay Stambha)、「勝利の塔」だ。これは15世紀のラナ・クンバ王がムハンマッド・ハルジーとの戦いにおける勝利を記念して建てたもので、チットールガルのシンボルともなっている。

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勝利の塔。その威容は遠くから否が応でも視界に入って来る

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人との対比でそのサイズ感が分かるだろう。インドでも最大級のスタンバ・タワーのひとつ

この石造の層塔は高さ37mの九階建てとなっていて、その内部には狭い階段が設けられ最上階にまで登ることができる。

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両手に花を掲げているのはスーリヤ(太陽)神だろうか。黒ずんでいるのはインド人が触った手脂

各階の踊り場ごとに上のような彫刻が飾られている。もちろん周囲の壁も様々な彫刻で一面覆われている。

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登ってきた階段を見下ろしている。暗く狭い階段の壁もまた様々な彫刻で埋め尽くされている

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最上階の天井はこのような大変繊細で精巧なチャクラ・デザインで装飾されている

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様々な宗教的なモチーフを表した壁面彫刻。左端のものは「生命の樹」だ

最上階に至ると、その壁面・天上を覆いつくした精緻な彫刻群に圧倒されるが、それだけではなく窓から見られる雄大な景色も忘れ難い。

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これは8階だったか… 砦の内側の眺め。遥か遠くに、もうひとつの塔であるキルティ・スタンバが見える。

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城砦の外側に広がる旧市街の眺め。少しだけブルー・シティに見える。緑が濃いラインは川沿いだろうか

次に向かったのは、「チットール城」の中心エリアだ。勝利の塔のすぐ横にある豪奢な門をくぐると、目の前に堂々としたサミデシュワル(Samideshwar Mahadev)寺院が建っている。

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東から西に向かって、ゲート越しにサミデシュワル寺院を見る

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横角度から見た同寺院。マンダパの屋根がドームではなく細かい階段状の集積ピラミッドになっている

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近づくとその壁面は踊り子や神々のオンパレードだ

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裏側もこの通り。象や戦士の隊列が最下部を飾るのはよく見られるスタイル

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踊り子像のアップ。欠損も少なくないが、その完成度は高い

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こちらは側は欠損も少なく保存状態が非常に良い。みなさん巨乳で、セクシーの極みポーズ

それにしてもこれでもかと言うほど豊満で色っぽい女性像の行列だ。カジュラホーなどにも典型的に見られるものだが、これがヒンドゥの王族が夢想した天界のイメージなのだろうか。

この寺院、上に見た様にその外壁はジャイナ教寺院のそれに遜色ない、あるいはそれ以上に美しい彫刻で飾られているが、最も特筆すべきはそのご本尊様だ。

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何故かプージャリーの代わりをしていた女の子。だが問題はもちろんその奥の御本尊だ

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御本尊様ドアップ。私もインドはかなり回っているが、他では見た事の無いデザイン・センスだ

この三つの顔だけが妙に強調されて並んだご本尊の神像。真ん中が世界の創造を司るブラフマー神で、その左右が維持を司るヴィシュヌと破壊を司るシヴァだと言われている。

いわゆるヒンドゥ教のトリムルティ(三神一体)という奴だが、とても珍しいユニークなものだ。どこかユーモラスなその表情は、一体どのような心象を担っているのだろうか。

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勝利の塔から貯水池クンドのコンプレックスを見下ろした景色

サミディシュワル寺院を過ぎると、次のアトラクションは丘陵斜面の立体的な地形を利用して降りていった先にある貯水池のゴームク・クンド(Gomukh Kund)だ。

ゴームク、もしくはゴームカというのは「牛の口」あるいは「牛の顔」を意味する言葉で、インドの聖地で聖なる水が湧き出でる水源にしばしば名付けられる。

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二重の城壁の間に造られたゴームク・クンド。もうちょっと水面が高ければ流行りの「天空のプール」だが

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砦の外壁に寄り添うようにして建てられた寺院とその下の貯水池。ミドリムシがたくさん生息していそうだ。

この貯水池周りの風景はどうやらネット上では有名なようで、チットールガルで検索すると必ずと言って良いほどこの周辺の写真が上がって来る。

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藻の緑が濃く、お世辞にもきれいとは言えないが、水辺はインド人にとって聖なる空間だ

この水は、城砦がその最盛期にあった時には宗教的な儀式や飲み水としても利用されたと言うが、今でもインド人は沐浴などしている様だ。

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水辺の小さな部屋に飾られた女性の横顔像

このクンドの水際には回廊があり、その奥にいくつかの小部屋がある。そのひとつには上のような非常に特徴的な女性像がある。これは鏡を見ながらリップを付けている王女なのだろうか。

彫りが深く、鼻筋が高く通って、眼が大きい。我々がイメージする典型的なインド美人の特徴を良く再現している。顔だけが大きく強調されているのは、先のトリムルティと同じ作者なのだろうか。

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さらに奥には水が湧き出している泉があり、そこには小さなシヴァ・リンガムが祀られている

回廊の奥にある水源の岩肌から流れ出す湧き水はとても澄んでいて、私でも飲めそうな位だった。もちろんインド人は祈りと共に口にして、その冷たさにはしゃいでいた。

一見乾燥している城砦内部だが、雨季には大量の降雨が見込まれ、城砦内にいくつもある貯水池を満たすという。様々な工夫によって意外と水の便には恵まれていたのだろう。そうでなければ一国の首都としては到底機能できない。

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やや離れた城壁の望楼から全体の配置を眺める。ヒストリカル・パークの全容が良く分かる

上の写真、右端にあるのがクンドでその奥にサミデシュワル寺院と勝利の塔がある。左の一番奥はラナ・クンバ・パレスだろう。

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この辺り、あるいはもう少し先が、チットールガル写真のベストポジションとして人気が高い

これに似た写真は、日本語のサイトを検索すると同じようなものがたくさん出てくる。やはり、この貯水池クンドを配した全景の写真をどこかで見かけて、「ぜひこの眼で見てみたい!」と駆られて訪れた人が多いのだろう。

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やや内陸に入った所から全景を撮る。メイン・アトラクションの周囲は灌木の繁るブッシュになっている

クンドを中心としたエリアを過ぎると、あとは荒涼と乾燥した原野が広がっていて、そこここに崩れかけた遺跡が点在している光景があるのみだ。

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ほとんど外壁しか残っていないパレスの廃墟

今は荒涼とした世界だが、その最盛時にはどれほどの賑わいがあった事だろうか。

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中心エリアから遠ざかっても、自然の岩崖と一体化した城壁は延々と続いている

これほどの広大なエリアの全周を、これだけの構造物で囲うためにはどれだけの労力や資金、またその建築技術が必要とされたのだろうか。

日本の城郭建築などもそうなのかも知れないが、しかし、インドのマハラジャのスケール感は、やはり半端ではない。

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乾季で水が少なく、今一感動しなかったパドミニ・パレス

ゴームク・クンドからしばらく荒野を彷徨い南下すると、パドミニの宮殿がある。

この宮殿の主であったパドミニ姫は時のメワール王ラタン・シンの妃で、絶世の美女として名高かったらしい。その彼女の噂を聞きつけて横恋慕した事がきっかけで、1303年にデリーのスルタン、アラウッディーン・ハルジーが攻め込んできたと言うのだから、中々に美人と言うものは業が深い。

この時チットールガルのヒンドゥ勢は大敗し、パドミニ妃は異教徒のハルジーに身を任せるくらいなら死んだ方がましと、夫たちの後を追って火の中に飛び込み自害し果てたと言う。

インド人の自慢する所では、この悲劇のヒロイン・パドミニ妃は、インド中世のクレオパトラ、という事らしい。ひょっとすると先に紹介した口紅を差す姫の肖像は彼女なのだろうか。

城砦内部には、他にいくつかのヒンドゥ寺院もあるのだが、建物は余り良い写真がなかったので、ちょっと面白いご本尊のシヴァ・リンガムを何枚か上げておこう。

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これは珍しい六芒星のシヴァ・リンガム。クンドの奥院の泉にあったもので中央のリンガが欠けている

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花飾りでコテコテに荘厳された一品。元は比較的新しい、真鍮に自然石を嵌めた普通のシヴァ・リンガムだ 

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これはおそらく、中世オリジナルの物。中央のリンガだけは欠損したのを復元したのだろうか

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寺院名は忘れたが、チットールで一番?立派な石造シヴァ・リンガム。過剰な花飾りはこの辺りの流行り?

最後のトリに紹介するのは、勝利の塔と双璧をなすキルティ・スタンバ(Kirti Stambha)「名誉の塔」だ。これは城砦がその盛期にあった12世紀に、ジャイナ教徒の富裕な商人によって建てられたもので、勝利の塔とはまた違ったデザイン、コンセプトで見る人の目を強烈に惹き付ける。

この商人はディガンベール派に属し、ジャイナ教の初代ティルタンカーラ(開祖)アディナータの偉大さを讃える為にこの塔を建立したと言うが、よほどの大富豪なのだろうか、国家事業ではなく一介の個人がこんなものを建ててしまうと言うのは驚きだ。

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勝利の塔に比べ、よりスタイリッシュで、高さは劣るが私はこちらの方が好みだ

高さは22mと勝利の塔よりも低く、内部はロンプラによると7階構造になっているらしい。勝利の塔と同様、階段で最上階まで登れるようだが、この時は閉ざされていて見る事が出来なかった。

インドの寺院全般がそうなのだが、特にこれらの層塔建築は明確に世界の中心であり神々が住まう天界須弥山(メール山頂)の楼閣をイメージしている。

もし機会があれば、次回は是非内部に入って、そこに刻まれている物語の数々を目撃したいものだと思う。

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別アングルから見上げた写真。印象が大分異なって見える。入り組んだ角のエッジが効いている

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逆光の反対側からの写真。どれも優劣がつけ難い。中世インドの職人さん、いい仕事してますなぁ

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実際に行って直接見てもらえば分かると思うが、青空を背に屹立するその存在感は圧倒的だ 

しかし、インドの古い石造建築物を見るといつも思うのだが、12世紀にこの完成度で石塔を建てられる建築技術の高さと言うものは瞠目に値する。

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実際は真横に建てられた寺院とセットになっている。レンズの収差で傾いて写っているが…

 

§ § § 

おまけとして、チットールガルを紹介したYoutubeビデオを二つばかり張っておこう。

どちらも下界の町場より一本道を登っていく所から映っているので、ある種ヴァーチャル・トリップを体験できるだろう。ただし映像とBGMだけで詳しい説明はない。二番目のビデオは6分とコンパクトなので見易いかも知れない。映像も綺麗だ。

§ § § 

以上でチットールガル城砦のフォト・ガイドを終わりにしよう。ネット上で検索すると結構すでに日本語のサイトが上がっており、それらに負けないように大量の写真をつぎ込んでみた。

チットールガルの魅力が少しでも伝わったのなら嬉しいし、興味を持った方は是非一度現地を訪ねて、その眼で見て楽しんで欲しい。

チットールガルの宿は鉄道駅及びバススタンドの周辺に点在している。最近のインドは物価や交通システムなど急速に変動しているので、実際に行く場合は是非ガイドブックやネットで最新の情報を確認して下さい(下はとても美しい州政府の公式サイト)。

 (本投稿は2010年の旅行写真をまとめてアーカイブ化したものです)

  

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マンドゥ村の日々【後編】大地に生きる村人たちの笑顔

上の前回投稿では、遺跡とバオバブの樹を中心にお送りしたマンドゥ情報。今回はマンドゥ村が位置する地形の面白さとそこで生きる素朴な村人たちを写真と共に紹介したい。

マンドゥ村は標高400~600m前後にある台地上の平坦地に広がっている。下の絵地図を見れば分かるように、その台地には深く渓谷が切れ込んでいて、低地にある町からマンドゥ村に向かうバスの道中では、そのダイナミックな地形の変遷を楽しむことができる。f:id:Parashraama:20161105165232j:plainMandu-Tourist-Map-Natu-Foundation より。要拡大。左端が北側のデリー・ゲート。右端が南側ルプマティ・パビリオン。ほぼ南北の二本道がメインルートで、その両側には渓谷が迫っている。

あまたの王朝がマンドゥをその首都としていた最盛期には、この台地上がおよそ総延長37Kmもの城壁で囲われ、各所のゲートで出入りを制限する城塞都市となっていた。

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Mandu - The City of Joy I | Shadows Galore より。赤線の城壁と断崖の地形によって守られた天然の要害だ

ダイナミックな地形の上に城塞都市としての栄華を偲ばせる遺跡が至る所に点在し、その中で営まれるごく普通の素朴な村人の生活ぶりと鮮やかなコントラストを生み出している。

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デリー門近くの城壁と渓谷。谷底にも畑と村があり、台地の上下を人々は行き来している

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城壁から谷底の貯水池を見下ろす。対岸の台地上は真っ平らだ

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デリー・ゲートの外に抜ける街道とその周囲の風景

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くねくね道を走る乗り合いバス・トラック。私の乗ったバスもこんな風にデリー門を通って行った。

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モスクの遺跡だろうか。これもデリー門の近く

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デリー門は石畳の古道として保存されており、車道は少し離れた壁の切れ目を通って行く。

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ジャハズ・マハル(船の宮殿)

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イスラムらしい繊細な透かし窓。ホシャン・シャー墓廟

もちろんそこにアクセントを利かせているバオバブの樹も忘れてはいけない。

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この大きな樹形が、真夜中の月明かりに浮かび上がったりしたら、やはり怖いだろうな

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乾季にしては珍しく、青々と葉を茂らせたバオバブの大木

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サリー姿の頭上運搬母さんと道沿いのバオバブの並木

しかし、中でも私が強く心惹かれたのは、素朴な村人の笑顔だった。

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写真を撮ってもらえるのが嬉しくて仕方がない、飛び切りの笑顔

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牛はもちろん、大切な家族の一員だ 

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私という突然の珍客に盛り上がっている家族。笑顔の白い歯が眩しい。

これはインドの村全般でそうなのだが、ここの人々はいつも誰かと複数と、沢山の人達と肩寄せ合って生きていて、子供も多くて隣近所の垣根がなくて、なんだかとても癒される空気感なのだ。

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土壁の家の中には小さいけれどカラーテレビがあって、ご近所さんも集まって大勢で見ていた

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反対から見るとこんな感じ。いったい何人が集まっているのだろう

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個人的な好みで、今回のミス・フォトジェニック・マンドゥ

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フォト・キチェンゲ(写真撮る)?と尋ねると、もうこの笑顔だ

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土壁の家を建てる。DIYなのか専門の職人なのか分からないが、明らかに家族労働だ

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水汲み仕事中の男の子もパチリ。多分相当重いんだろう、さすがに笑顔が少し硬いかな・・・ゴメン!

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畑で子犬と遊んでいた兄妹。フォト?て聞いたら、しっかり子犬も抱きかかえて一緒に

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都会では人妻が見ず知らずの外人男に写真を撮られるのは結構抵抗があるのだが、ここではノープロブレム

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シックで美しいサリーを着て農作業していたご婦人方。宝飾品もしっかり身に着けている

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顔がそっくりの姉弟。子供たちはいつでもウエルカムだ

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うれし恥ずかし、で記念写真モード。よく見るとみんな裸足だ

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多分家族だと思うが、お母さん、子供多いな

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インドの田舎ではよくあるのだが、一度撮りだすと次から次へと止まらなくなる 

 

イスラム色の強いマンドゥーで、ここだけ思いっ切りヒンドゥしていたニル・カンタは台地に渓谷が切れ込んでいくその最上部の水源地にシヴァを祀ったもので、この村では異彩を放っている。

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シヴァ神を祀るニル・カンタ(Nil Kantha)

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湧き水と共に祀られる御神体のシヴァ・リンガム。一見乾燥したマンドゥだが水は豊かだ

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これがバオバブの実。おばさんが手にする白いのが果肉。食べられる

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こんな雄大な世界で伸び伸び育ったら、そりゃ開けっぴろげの笑顔になるわな

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グローバル商品経済の出先機関。コルゲートの文字が見える。この若く美人のお母さん、実は直前までサリーのベールを上げていたのだが、カメラを向けると顔を隠してしまった。よーく見ると、ベールの陰で顔が笑っている。みんな良く踏み固められた土間を裸足で歩いている

村を歩いていると、バオバブの樹の奇妙な利用法に目が留まった。幹の股や枝を利用して藁の貯蔵庫として使っている様だ。

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おそらく牛の餌や敷き藁として蓄えておくのだろう

下はバオバブではなくバニヤン系の樹だろうか。気根がぶわっとはびこって、股の部分が良い塩梅のワラ置き場になっている

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農家の庭先のけったいな大木。遠くでお母さんと子供がこちらを見ている。各戸に一本必ずあるようなこういう大木は、ひょっとするとご神木まで行かなくても、家の守り神(霊樹)なのかも知れない

デリー門を出て街道沿いに1時間ほど歩くと、湧き出た清流が断崖から流れ落ちる小さな滝がある。乾季だったので水はちょろちょろだったが、雨期には壮大な瀑布になるという。

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見物人との対比でスケール感が分かる断崖絶壁

デカンの玄武岩質なのだろうか。このような崖際のあちこちで澄んだ水が湧き出していた。水に恵まれているというのが、マンドゥが繁栄したひとつの要因かも知れない。 

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滝から反対側を見ると、このようになっている。地平線がバターナイフで削いだように真っ平だ

断崖から深く切れ込んだ渓谷と、その両サイドに広がる真っ平らな大地の対比も鮮烈で、よく見ると、この渓谷の斜面には人や動物が歩く踏み分け道がついている。

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台地の大平原で出会った、牛飼いのボーイッシュな少女?

草の生えている所を求めて、谷底と台地上を牛を追って生活しているのだという牛飼いの少女は、今改めて見てみるとガムチャを腰に巻いていたり手が大きかったりと、ひょっとして少年だったかも知れない。しかし耳にピアスも確認できるから、果たして・・

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追っているのは水牛だった

学校に行っているのか、行っていないのかも分からないが、その屈託のない爽やかな笑顔は、彼女(彼)の生活が充実している事を物語っている気がした。

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これは拡大しないと分からないだろう。谷底に至る斜面に白い牛も放牧されていた

雨期になるとあちこちの断崖に美しい瀑布がかかり、この枯草色の大地も一面の鮮やかな緑に覆われるという。機会があれば今度は是非、その時期に訪ねたいと思う。

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尖塔とドーム屋根という典型的なジャイナ教建築

最後に紹介するのが、バザール周辺で目立ったジャイナ教寺院だ。イスラム建築が主流のマンドゥー村の中に、いきなり全く様子の違う現役のジャイナ教寺院が白亜の姿を主張していてとても印象的だった。

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黄金の光背を背負ったティールタンカラ御本尊。翅の生えた天使が舞っている

最後の最後に、ちょっと印象に残った一枚を掲載しよう。普通の家なのかそれとも学校なのか、突っ込んで調べなかったが、その壁絵の彩色と共にストップモーションになった女の子の構図がお気に入りだ。

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多分民家の玄関先だろう。魔除けだろうか、入口の両脇にスタンプされた手のひら模様がユニークだ

さて、これでもかと写真を載せてみたが、マンドゥの魅力が少しは伝わっただろうか。まったりとした滞在・散策型の穴場として、マンドゥ村は個人的には3本の指に入るほど気に入っている。

この記事を見て、もし旅心が刺激されたら、是非、一度訪ねてみてほしい。素朴な村人とバオバブの樹たちが、あなたを待っているぞー♬

今度こそおしまいに、ネット上で見つけたマンドゥ紹介のサイトを貼っておこう。雨季のマンドゥの写真がとても美しく、私が撮ったニョロニョロのような2本のバオバブがすっかり芽吹いて緑色になっている写真もあった。必見!

もうひとつは最新2016年のブログ記事。懐かしいマンドゥは今も変わりなかった!

☆宿情報は、バザール周辺と州政府MPT経営のバンガローがあるけど、今のインドは変化が激しいので、行く時の最新情報をゲットしてください!


 (本投稿はインド百景 - Yahoo!ブログの記事を大幅に増補・修正の上移転したものです)

  

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マンドゥ村の日々【前編】点在する遺跡とバオバブの大樹

今回紹介するのは、マディヤ・プラデシュ州のマンドゥ。

マディヤ・プラデシュ州の州都、ボパールに次ぐ第二の商都インドールからおよそ100kmの台地上に位置する小さな村だ。

アクセスは直行バスでインドール(Indore)より3時間半、とダール(Dhar)より1時間、またムホウ(Mhow)より1時間半。数は少ないがオームカレシュワルウジェインからも直行バスがある。

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マルワー地方のムスリム系王朝が15世紀のはじめに首都をマンドゥに定め、それ以来地域の中心として多くの宮殿が建てられ栄華を欲しいままにしたという。

あまたの王朝によって要衝として争われた後、18世紀に近隣のダールに遷都されて以降は急速に衰退し、現在は緑豊かな鄙びた寒村になってしまった。 

(詳細は英語だがMandu, Madhya Pradesh - Wikipedia 参照。日本語のリンクもあり)

しかし畑や灌木林が広がる丘陵台地のいたる所に、船の宮殿(Jahaz Mahal)を始めとしたパレスやモスク、墓廟(Tomb)などイスラム石造建築の遺構が点在する景観は、すこぶる魅力的だ。

台地に刻まれたミニ・グランドキャニオンのようなダイナミックな地形と素朴な村の風景、そしてつわもの共が夢の跡を実感させる遺跡がかもし出す独特の風情は、マディア・プラデシュ州でも穴場的観光地だと言えるだろう。

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最盛期には15,000人の側室を住まわせたという船の宮殿。大きな貯水池の際に浮かぶように建てられているのがその名の由来:Royal Enclave Group

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貯水池の岸から見た船の宮殿。乾季で水量は少ない。雨期の満水時がベスト

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近くで見ると表面の漆喰もはがれ、廃墟感が半端ない。かつては美々しいタイルで覆われていたのだろう

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宮庭にはこのような池と噴水がある。噴水は多分後付けだろう

広大なエリアはRoyal Enclave Group、Village Group、Sagar Talao Group、Rewa Kund Groupの四つに分けられており、それぞれの目玉や大まかな位置関係を頭に入れておくと動き易い。 

詳細地図と見所の位置関係は Mandu – Travel guide at Wikivoyage を参照

全域の広がりは歩くには少々広大すぎるので、バザールでレンタサイクルを借りて周るのも良いだろう。私は歩くのが何より好きなので、ほぼ全てを歩き尽くした。その方が村人との触れ合いも多く、時間はかかるが疲れを知らない人にはお勧めだ。

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マンドゥではこの構図にはまってしまった(笑)

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ヒンドラ・マハル(Hindola Mahal)の連続アーチ構造。屋根はすでに落ちている

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白大理石が際立つホシャン・シャー墓廟(Hoshang Shah Tomb) Village Group

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マリク・ムギット・モスク(Malik Mughith's Mosque)Sagar Talao Group

マンドゥを印象深くしているもうひとつの特徴。それがバオバブ・ツリーの存在だ。 

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牛と土壁の家と、バオバブの巨木

それは遥かな昔、ムスリムの商人によって種が運ばれたとも、また、いまだインド亜大陸がアフリカやマダガスカルと一体だった頃の名残だとも人は言う。

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日本の古い田舎の家の庭に、必ずケヤキの大木が生えていたのを思い出した

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バオバブの木の下で牛を追うのは、子供たちの仕事だ

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アフリカやマダガスカルのそれと違って枝打ちされていない自然樹形は荒々しく奔放だ

沖縄のソフト・コーラルを思い出させるその奇っ怪な姿は、夜になって人がみんな寝静まったら、ひそかにワラワラと歩き出していそうだ。 

ムーミンに出てくるニョロニョロの様に! 

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そんな不思議な風景の中、 人々は牛を飼い、学校に通い、

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四辻のチャイ屋ではターバンをかぶった男たちが憩う。 

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マディア・プラデシュ州のこの辺りは、ラジャスタンやグジャラートなどと同じターバン文化圏だ

その上に立つバオバブの巨木は、一体どれだけの間、人々の営みを見つめ続けてきたのか。マンドゥは旅人の心をそんな郷愁へといざなう、インド世界のひとつの原風景だ。

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遺跡と畑とバオバブの大樹

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私が見た中では特大サイズのバオバブの樹。ほとんど物理的な圧力さえ感じる存在感だ

マンドゥでの散策は、村の中心バザール近傍にある『風の宮殿』から南に向かって、レワ・クンド・グループの『ルプマティの離宮』を目指すのがメインコースになっている。

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貯水池を中心にしたレワ・クンドの遺跡。ここからルプマティの離宮へ水が送られていた

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この廃墟感ある水辺には痺れてしまう。何人か人影が見えるが、ここに住んでいるのだろうか?

畑の中に点在する遺跡と、土壁の家と、バオバブの大樹を見ながら数時間歩くと、やがてルプマティの離宮へとたどり着く。

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おそらく、よその村から来た歩き巡礼だろう。この様子は、観光客というよりやはり巡礼だ

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ルプマティの離宮、パノラマ写真

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高台に向かう石垣の道を登る

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離宮の内部は、このような魔宮(迷宮)的なムード満点

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内部上階から周囲を遠望する。小さく見えるのはバズ・バハドゥール・パレスだ

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社会見学でやって来た大学生。日中は陽ざしが熱いが空気は乾燥しているので日陰に入るとひんやりする

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離宮はこのような崖の縁に建っており、絶景が味わえる。インドの昔の王侯というのは、やはり贅沢だ

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二人で来たのだろうか。このような老夫婦の風情が好きだ


Forts Of India - Mandu - Ep # 17より

英語だが、瑞々しい緑に包まれた雨期のマンドゥを見ることができる


The Afghan Ruins of MANDU - Madhya Pradesh TOURISM VIDEO より。

ロイヤル・エンクレイブを中心に高画質でメインの遺跡を映し出している

実は、私は1996年にも一度ここマンドゥを訪ねた事がある。最近ではインドの経済成長に伴って多くの中産階級が観光客として押し寄せているが、長い月日が経ったにも関わらず、昔とほとんど変わらない素朴で淡々とした日常を生きる村人は健在だった。

彼らの人懐こい無邪気な笑顔に取り囲まれた瞬間、インドを旅する間に降り積もった澱の様な疲れも、一瞬で癒される気がした。 

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土壁、屋根には豆のつる、ロープで編んだベッド、鶏、遠くに遺跡。この家に何人が住んでいるのだろうか

次回はそんな、インドでも一押しの『笑顔が素敵な村人』を中心に、マンドゥの残りの見所を紹介していきたい。


 (本投稿はインド百景 - Yahoo!ブログの記事を大幅に増補・修正の上移転したものです)

  

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オームカレシュワルの巡礼路 【後編】尾根道を越えて遺跡エリアへ

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サンガムの河原。水は澄み、自然の岩場が日本人には心地よい

前回、オンカレシュワル寺院からサンガムの合流点までの道行きを紹介した。

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聖河合流点サンガムで沐浴する

サンガムで身を清めた巡礼たちは、ここで折り返して島の尾根筋へと登っていく。

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沐浴で濡れたサリーを風に当て陽にさらして乾かす。サリーは極めて薄いので5分もあれば着られるくらいには乾くだろう

路の両脇には、大小の寺院や祀堂が点在し、巡礼たちはそのひとつひとつで敬虔な祈りを捧げる。

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シヴァ・リンガムに祈る。男たちの白衣は巡礼の正装だ

やがて尾根筋に至った巡礼たちは、まっすぐに東の果てを目指す。

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こういう路地の雰囲気が、私はたまらなく好きだ。どこか地中海的な白亜の光と影

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点在する土産物屋でお買い物。別に他で買っても大して変わらない品揃えなんだけど、やっぱり買いたい!

平らな尾根道の両脇には土産物屋や祠堂が点在し、巡礼たちは時に祈り時に買い物に励みつつ、進んでいく。

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商品が陽よけのすだれを兼ねている?

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聖杖ダンダを手に持つ巡礼家族。真ん中のお父さんはプラスチックの義足で歩き通していた

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高台のチャイ屋で休むサドゥ

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ガンジャはサドゥの友 

サドゥがチュラムで一服を楽しむ見晴らしの良いチャイ屋を過ぎ、

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ヒマラヤのある北を見つめる巨大なシヴァ神像 

太陽を背にしたシヴァ神を過ぎると、 

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古代世界へのゲート。トラナと言うべきかドワーラと言うべきか

やがて巡礼の路は、古代遺跡のエリアへと入っていく。

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このような遺物が至る所に点在している。植物の緑と鉱物の遺跡のコントラスト

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悪魔と戦うドゥルガー女神

遺跡エリアはデヴィ(女神)たちの王国だ。 

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11世紀に建てられたガウリ・ソムナート寺院 

三階あるフロアの全てにシヴァ・リンガムが祭られているソムナート寺院を過ぎ、

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赤砂岩のシッダナート寺院と巡礼家族

象のレリーフが美しいシッダナート寺院に目を見張ると、やがて路は谷を降り、再び尾根に上って、 ダムを遠望する島の東の端に至る。

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東の果てに立つ一本の樹。私はこの樹が視野に入った瞬間、ビリビリと感じるものがあった

そこには、美しく黄葉した一本の樹が独特の存在感を放ちながら立ち、 

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門柱だけが残った寺院の跡。私はムードで古代と書いているが、年代的には中世期が正しいだろう

その根元には、ほとんどの手が折れて失われてしまった、しかしそれでもなお凛とした美しさと威厳を湛えた、一体のドゥルガー女神像が置かれている。 

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朱に塗られたドゥルガー女神。背後には遠くダムが見える。

その胸には、インド彫刻の女神像に特徴的な丸いボールを二つ割りにしたようなぷっくらとした乳房が並び、よく見ると背後に立つ樹の幹にも、たらちねの乳房が並んでいる。

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垂乳根(たらちね)の御神木 

ドゥルガー女神像の乳房は、驚いた事に巡礼路の村で出会った若く美しい母親の乳房と瓜二つの形をしていた。

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腕の細さと胸の豊かさのコントラストが印象的なマタジー 

このボールのように丸い乳房はインド的母性の象徴であり、同時に大地の恵み、豊穣の地母神を象徴している。 

現代のヒンドゥ教は、シヴァ・ルドラとヴィシュヌ・クリシュナの二大神に支配されているように見える。けれども、本当に人々の心をつかんでいるのは、デヴィと呼ばれる女神たちなのだ。

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水牛の悪魔を滅ぼすマヒシャスラ・マルディニ(ドゥルガー

人々のその思いは、遺跡エリアの主役であるドゥルガー女神たちの豊かな胸乳の上に、くっきりと刻みこまれている。 

マンダタ島の東の端、ダムを遠望する崖の上に女神はいる

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遺跡とダム、古代と現代が交錯する 

巡礼はここでようやく折り返し、ダムを遠望しながら南へと崖道を下りる。 

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南岸に戻った巡礼の路は、川沿いを一直線にオームカレシュワル寺院を目指す

乾燥した台地は一変し、水の気配が横溢する路を、巡礼たちは黙々と歩き続ける。その表情は、近づいたゴールを目の前にして、自ずからどこかほころんでいる。 

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餌をねだるサルとじゃれ合いつつ進む。頭上運搬は、インド女性にとって最も自然で楽な方法だ 

沿道でエサをねだるサルたちと戯れつつ、巡礼たちは川の光を存分に浴びて進む。 

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リバー・トリップを終えた巡礼たち。単純な対岸への渡しからマンダタ島一周まで、様々なコースがある

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オムカレシュワル寺院の手前にかかるつり橋。左手がダムのある上流・東 

やがて一本の瀟洒なつり橋を過ぎると、オンカレシュワル寺院はもう、すぐそこだ。 

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吊り橋とダムの間の河原には火葬のガートがある。つまり、よく考えるとサンガムの沐浴場では遺灰の混ざった水を浴びている事になる。まぁこの水量だ、気にせずにおこう

全ての巡礼を終えた人々は、オンカレシュワル寺院のあるマンダタ島から橋を渡って対岸へ戻り、バザールのはずれにあるバススタンドからそれぞれの日常へと戻っていく。 

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バザールのアムルード(グァバ)売り 

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黄昏時のオンカレシュワル寺院 

一方で、次々とやって来る新たなる巡礼たちによって、黄昏時のプージャは今日も賑わいを見せるのだった。

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オンカレシュワル寺院内部は写真撮影禁止のため、これは他のシヴァ寺院の様子

最後に二つYoutubeのビデオを貼っておこう。どちらも少々古い映像だが、逆に経済発展によって変化する以前の本来のオンカレシュワルの雰囲気をよく伝えている。


OMKARESHWARより。画質は悪いが雰囲気を良くとらえている


YATRA a visit to Omkareshwarより。圧倒的に美しい映像(ヒンディ語

Omkareshwarの日本語表記はオームカレシュワル、オムカレシュワル、オンカレシュワルなどのブレがありますが、検索率向上のため併記しています。

私の個人的な体験で言えば、最も現地発音に近いのはオンカレシュワルなのですが、ネット上ではオームカレシュワルが幅を利かせていたのでタイトルにはそれを使いました。ちょっぴり悔しいが多勢に無勢(笑)

(本投稿はインド百景 - Yahoo!ブログの記事を増補・修正の上移転したものです) 

 

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オームカレシュワルの巡礼路 【前編】サンガムの沐浴場へ

今日紹介するのは聖地オームカレシュワル(Omkareshwar)、マディヤ・プラデシュ州のヴィンディヤ山中にあるヒンドゥ聖地だ。

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ナルマダ河の中洲島である『マンダタ島』の全体が聖地。上流にはダムが見える。

その中心は12ジョティリンガの内のひとつであるオムカレシュワル寺院で、この寺院の名前がそのまま地名にもなっている。

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右手の白い砲弾型屋根がオームカレシュワル寺院 

ジョティリンガとは光のリンガを意味し、世界の始原に最初にシヴァが現れたとき、それが眩い炎の柱だった事に由来する。 

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天地を貫く炎のリンガ・シヴァに礼拝するブラフマーとヴィシュヌ

 世界の始原のある時ヴィシュヌとブラフマーが、どちらが真の最高神(創造神)であるか口論していたところ、シヴァが天地を貫きその両端も定かでないほど巨大な光り輝く炎のリンガの柱となってその姿を現した。

ヴィシュヌはこの恐るべし炎の柱の下端を見つけようとイノシシの姿をとって大地を掘り進んでいったが、無限に近い時間がたってもそれを発見できなかった。

ブラフマーはその上端を見つけようと白鳥の姿をとって天界のさらに高みへと飛んで行って、無限に近い時が経ってから戻ってきて「私は炎の柱の上端を見出した(故に私はシヴァ神よりも偉大だ)」と僭称した。

シヴァはその言葉を聞いて文字通り烈火のごとく怒り狂い、ブラフマーに恐ろしい呪いをかけた。いわく「お前は永遠に老醜に苛まれ、人間たちに祀られることはないであろう」と。

ヴィシュヌとブラフマーはそのあまりの威厳に思わずシヴァを自分より上位の最高神と認め、礼拝せずにはいられなかったという。

その後、かつては唯一至高神・絶対者として全インドで崇められていたブラフマーの権威は凋落し、彼を祀る寺院は消え失せ、まれに祀られる場合でもその姿は常に哀れな老人の姿をしているそうな【抄訳筆者】。

September | 2013 | aryayogi より。

インド全体でこのジョティリンガと呼ばれるものは12箇所あり、それら12のジョティリンガを結んで、巡礼路が作られている。 

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Jyotirlinga Shrines, Twelve Jyotirlinga Shrines of Shiva より 

12ジョティリンガの中でも、マンダタ島という美しい風光明媚なロケーションもあってオームカレシュワルの人気は高く、ローカルにとっては欠かせない巡礼地になっている。

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崖の上にはバラナシを思わせるマハラジャの別荘

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寺院からガートと対岸を見下ろす 

ナルマダ河の水はどこまでも澄み、下流には島の両岸を流れた水が合流する『サンガム』の聖地がある。

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サンガムに向かう巡礼。サンガムの聖水を汲むポットと、聖杖ダンダを持つ 

オムカレシュワル寺院下のガートで沐浴し、寺院のジョティリンガにお参りする。そして島の最下流にあるサンガムまで歩き、そこで沐浴し、島を一周する巡礼路を巡ってから、再びジョティリンガにお参りする。 

これが、ヒンドゥの善男善女にとっては、かけがえのない喜びとなる。

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剃髪し、プージャをするブラーマン。インド人に祭祀は欠かせない

オンカレシュワルの町は一番近い鉄道駅からバスで50分ほどの山間にあり、周囲には乾燥した疎林に覆われた世界が広がっている。

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オームカレシュワル寺院に向かう参道 

近隣の大きな町に比べれば十分に辺鄙なオームカレシュワルも、周辺の貧しい村の人々にとっては十二分に華やいだ門前町だ。

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巡礼路をサンガムに向かう村の家族。村の女性は頭上運搬がデフォルトだ

ナルマダ河の豊かな水に囲まれたマンダータ島の巡礼路は、色鮮やかな花と緑に包まれてそこだけが天上の楽園のように見える。

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農民は細い足でしっかりと踏みしめて歩く。聖杖ダンダはシヴァ神そのものでもあり、同行二人だ 

ここで出会う巡礼の人々は、どちらかというと村から出てきたおのぼりさんポイ素朴な人たちが多く、一様に『ハレの日』の喜びに溢れている。

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 巡礼の路を、まずは島の南岸をナルマダ河に沿って歩いていく 

サンガムに近づくに連れて、沿道には参拝用品の露天が並び賑わい始める。

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露天商の母子。しかし、インドにおける少女(親)のファッション・センスは注目に値する(笑) 

やがて路は河原へと降り、島の西の端、サンガムの合流地点にたどり着く。

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南岸の流れと北岸の流れが合流する聖サンガムで沐浴する。水底が見えるほど水は澄んでいる

ナルマダ河の中洲島マンダパ島。その西端にサンガムの合流地点がある

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島の最西端、北向きに自然石のリンガが祀られている。北岸ではほとんど沐浴は行われていない

サンガムの南西に面した沐浴場では、女たちはサリーを着たまま、男たちはパンツ一丁で、子供たちは時にスッポンポンで、嬉々として冷たい水と戯れている。

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右からの流れと左からの流れが合流し、せめぎあうサンガム

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家族に写真を撮ってもらう姉妹。インド人は水に入っただけではしゃいでしまうDNAを持っている 

1年の3分の2を厳しい乾燥と酷熱にさらされるインド人にとって、水の恵みは何よりの喜びであり、老若男女を問わず、その表情は開けっぴろげにほころんでいる。

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北岸の流れを背に南に向かってプージャする親族の男たち。男系社会を象徴しているようだ

インドでは現在でも家制度や先祖供養が息づいていて、プージャの多くもまた、先祖供養と関わっている。巡礼は何よりも家族行事なのだ。

マンダタ島全体がひとつの巨大な『アウトドア寺院ミュージアム』になっており、サンガムでの沐浴と祭祀を済ませて心身を浄化した篤信者たちは、いよいよ本番の寺院・祠堂巡りを始める為に折り返して、東へと向かう尾根道に進路をとるのであった。 

次回は、サンガムで折り返した巡礼が、様々な寺院や遺跡を経ながら島の尾根筋を進み、ダムを遠望する東端に至ってから、南岸をオンカレシュワル寺院まで戻る道程を紹介したい。

 

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ナルマダ河の聖地マヘッシュワール / アヒリャーバーイ王妃の記憶

今回紹介するのは、マヘッシュワール(Maheshwar)。オンカレシュワルの下流にあるナルマダ河に面したヒンドゥ聖地だ。  

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ガートから見るナルマダ河の夜明け 

マヘシュワールは、古くはマハバーラタの時代から知られた地政学的要衝で、現在残るガートやパレス、そして寺院群は、18世紀にこの地を支配した、ホルカー家のアヒリャーバーイ王妃が残したものだ。 

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アヒリャーバーイ王妃のパレスと、隣接するヒンドゥ寺院

ホルカー家は、近郊のインドールを拠点としたマルワー地方の藩王家で、その独特なホルカー・スタイルの彫刻でも有名だ。 

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寺院内陣からナルマダ河を望む 。イスラム建築の影響を受けた非常にスタイリッシュな様式美

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反対にガートから見上げるとこのようになる

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寺院正門。靴やチャッパルを脱ぐように、と書いてあって、インド人は素直にそれに従う

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微妙に左右で違うがシンメトリカルな象の彫刻。背中に登るための梯子まで描いてある

アヒリャーバーイは男勝りの女傑で、しばしば先頭に立って軍陣を指揮したという。 西洋におけるジャンヌ・ダルクのような女傑伝説はインドでは結構多い。

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パレスを見上げるガートを行く巡礼の家族。ここでも聖杖ダンダは欠かせない 

このパレスは王妃が居城として造ったもので、最上階は今ではゲストハウスになっているというが、小ぶりながらも堂々とした雄姿を見せている。

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パレス最上階は展望レストランとゲストハウスになっている。さぞかし眺めが良いのだろう

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メインガートでプージャをする巡礼たち 

パレスの眼下にはメインガートが広がり、日々多くの巡礼たちで賑わっている。その光景は、バラナシなどのコマーシャライズされたものとは違う、いにしえからの素朴な風情を湛えている。

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メインガートには多くの寺院や祠堂が立ち並んでいる 

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朝日を受けて洗濯や沐浴、プージャの準備に余念がない

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おそらく個人が寄進したと思われる小さなシヴァ・リンガ。ナンディ牛が見守っている

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まだ薄暗い明け方、働き者の女たちは洗濯にいそしむ

メインガートを一歩離れると、途端に人気は少なくなる。やがて火葬場のガートを過ぎると、ほとんど手付かずの河原が広がり、茫漠とした河の水だけが滔々と流れ続けている。

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人気の無いガートを洗濯女が行く 

そんな寂れた河原にも所々内陸の集落からの道がつながり、その周囲には小さなガートと、それを守るように立つ祠堂が必ずある。

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ガート沿いに立つ祠堂で祈る女性 

どんなに小さな祠堂でも、それは日々の生活の中で絶対に欠かせない大切な祈りの場になっており、そんな祠堂やガートをつなぐようにして、川沿いには延々と踏み分け道の歩道が続いている。

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茫漠たる水の広がりと点在する祠堂

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ガートは、一応場所や時間で大雑把に男性用と女性用に分けられている様だ。これは男性タイム

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川船は観光用だけではなく日常の足としても活躍している。これは対岸への渡船

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この水の圧倒的な存在感は、どんなに写真を並べても伝えきれない

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と言いつつも、可能な限り伝えたいので並べてしまう

上の写真には川沿いの遊歩道(単なる踏み分け道)が写っているが、もしマヘッシュワールを訪ねたならば、是非のんびりと散策してみてほしい《日射病には注意!》。

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高台の寺院から対岸を見渡す。船の大きさから川幅の広さがイメージできるだろうか

祈りと沐浴そして洗濯。そこに流れるゆったりとした時間は、太古より変わらずに流れ続ける聖ナルマダ河の水の流れにわが身を重ねて生きる、インドの人々の心象風景そのものかも知れない。

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朝焼けの中、沐浴する 

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こちらは夕暮れ時。ガートもない自然の岩の岸で沐浴している

現在のマヘシュワールはローカルバスが着くバススタンドからガートに向かって南へと伸びる一本道の周囲に発達した小さな町で、一歩町域を外れると、のどかな村の風景が広がっている。 

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周辺の村には広大なバナナ園が広がっていて、これは出荷風景。インド人には男女ともに「作業服」という概念はあまりないようだ。

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村の祠堂を守るプージャリ。背後には要塞化された寺院が見える

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要塞内部の庭園中央に立つヒンドゥ寺院。砲弾型のデザインはインド寺院建築の祖型。こんなアシュラムでヨーガ三昧の生活とかできたら幸せだ

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村の女の子たち。左の子は水汲みの瓶を頭に乗せ、おやつのサトウキビをかじっている

インドではよくある事だが、村の子供たちはとても人懐こく、カメラを持った私はたちまち取り囲まれてしまった。 

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一度写真を撮ると、目ざとい子供らがたちまち群がって来る

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インドでは珍しい木造の家も残っている。酷暑期への対応が第一に考えられ全体に窓は小さい

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これもかなりの部分が伝統的な木造建築になっている

ナルマダ河のガートを中心としたマヘッシュワールは、有名観光地などとは対照的な、素朴なインドの原郷とも言える 聖地だ。

これから紹介する予定のオンカレシュワルやマンドゥをはじめ、マディヤ・プラデシュ州にはそのような場所が多く存在している。観光メインルートから外れたインドらしいインドを味わいたい人は、是非訪ねてみてほしい。

youtu.beより、次回に紹介する予定のオンカレシュワルとマヘッシュワールのPV

さすが観光局の公式だけあって美しい映像だ

(本記事はマヘシュワール・王妃アヒリャバーイの記憶 1・2 - Yahoo!ブログを大幅に加筆修正し移転したものです)

 

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