タンジャヴール:ブリハディーシュワラ寺院 【チョーラ朝寺院建築の壮大】
今回取り上げるのは、南インドのタミルナードゥ州、タンジャブール(Thanjavur)市にある世界遺産、ブリハディーシュワラ寺院(Brihadeeswara Temple)だ。
この寺院は1010年にチョーラ王ラージャラージャⅠ世によって建てられた、登り龍の如き帝国の隆盛を象徴する巨大なシヴァ寺院だ。
1987年にはガンガイコンダチョーラプーラムにある同名寺院と共に世界遺産に登録されたが、2004年にダラーシュラムにあるアイラヴァテシュワラ寺院を新たに加え、三寺院で構成される『大チョーラ寺院群』として再編登録された。
http://venkatarangan.com/blog/ より
その寺域境内は東西に長く270m✖140mの外壁と更に内壁によって二重に囲まれ、それぞれ一つしかない入口には比較的背の低いゴプラム門塔が設置されている。
寺域外壁の北東端から第1、第2ゴプラムと主神殿ヴィマーナを望む
重なって分かりにくいが、正面から最外壁の小門越しに第1ゴプラムを見る。開門時間は朝6時〜12時半、午後は4時〜8時半。午後の早い時間は閉まっているので注意が必要だ。入場は無料。
ラージャラージャⅠ世は衰退の危機にあったチョーラ朝を数々の侵略戦争を勝ち抜く事によって再興し、繁栄の基礎を築いた大王だ。
大王指揮下のチョーラ朝は領域を次々と拡大し、現在のケララに当たるチェーラ朝、同じタミルに隣接するパンディヤ朝、海を挟んだスリランカの北部を併合し、更に北上して現在のオリッサに当たるカリンガをも征服した。
飛ぶ鳥を落とす勢いの国威を発揚する為に建てられたブリハデーシュワラ寺院、その主神殿ヴィマーナの高さは60mを超え、当時この手の建造物としては、インドだけではなく全世界でも最大の威容を誇ったという。
三つセットの世界遺産の内のひとつ、ガンガイコンダ・チョーラプーラムは彼の息子であるラジェーンドラⅠ世がガンジス河畔にまで進軍した事を記念し、『ガンガ(ガンジス川)までも征服したチョーラの都』の意味だと言うのだから、その侵略精神は半端ではない。
ラージャラージャⅠ世、ラジェーンドラⅠ世の親子二代において、チョーラ朝はアフリカ沿岸から中国に至る広大な海域を支配する強大な海軍力を保持していた。
この親子が侵略した北インドのパーラ朝、スリランカのシンハラ朝、インドネシアのシュリヴィジャヤ王国が共に仏教を信仰していた事から、熱烈なヒンドゥ教徒であった彼らにとって、異教徒である仏教徒を『成敗』する、という事が、彼らを駆り立てたひとつの強力な動機になっていたのではないかと私は見ている。
ラージャラージャⅠ世大王、その最盛期の版図 Raja Raja Chola I - Wikipedia より
RajendraⅠの勢力圏 Rajendra Chola I - Wikipedia より
それでは、ラージャラージャ・チョーラⅠ世大王の畢生の大寺院、ブリハディーシュワラ寺院を詳しく紹介していこう。
第1ゴプラムを内側から振り返って見る。ゲートの奥に入口の小門が見える
第1ゴプラムより背は低いが美しい彫刻で飾られた第2ゴプラム外側。両脇の像は門衛ドワラパーラ
寺域外壁の東端に開いた小門をくぐり、第一ゴプラムを過ぎ第2ゴプラムの正面に立つと、すでに境内手前に置かれたナンディ像の尻と、その奥の巨大ヴィマーナが眼に入って来る。
ナンディは神的な牡牛で、シヴァ神の乗り物だと言われている。インドの聖牛思想のひとつの精華だ。
参拝者を最初に迎える、重量感あふれるナンディ像の尻。背後にはヴィマーナ上部が見える
第2ゴプラムを入るとそこは広大な境内で、列柱に囲まれたナンディ堂が正面に見える。すべてが巨大でしかも直線上に並んでいるので、本殿の全貌はこの時点ではまだ分からない。
第2ゴプラムを内陣から見る。上半身裸にドーティ(ルンギ)姿は南インドの参拝の正装
ナンディ祠堂の内部天井は美しい彩色絵で飾られている。主デザインは吉祥チャクラ文様だ
ナンディ像の左側の列柱の間から本殿を見る。天上彩色絵のモチーフは蓮華であり同時に車輪でもある。周囲を囲うような青の色彩が鮮烈だ
ナンディ像の周りは回廊状になっていてインド人が右繞していた。比べると像の巨大さが分かる
このナンディ像は単石を彫り込んだもので、全長6m、頭部の高さで4m、重さは20トンを超える、インド国内でも最大級の大きさだと言う。
ナンディ牛は長い舌で鼻の穴を舐めている。インド人の『牛愛』が感じられる絵柄だ。
ナンディの前にはドヴァジャ・スタンバ(Dwaja stanbha)と呼ばれる銅製の旗柱が建っている
その先に、漸く主神殿の全容が見えて来る。しかしその巨大さの実感は今一湧かない
寺院は総グラナイト石製で、その総重量は10万トンを超えると言うが、それがどれほどの重さであるのか、もはや想像を絶している。
Chola Splendour より。ナンディ堂と主神殿の配置。主神殿前室ホールが二段構えで極端に長い
この辺りまで来て見上げると、漸くヴィマーナの巨大さが実感できる。圧倒的な存在感
インド人は様々な異名を付けるのが大好きだが、このヴィマーナ・タワーはシヴァ神が住まうヒマラヤのカイラス山であるとも言われ、あるいはまた、インド随一の威容から世界の中心に聳え神々が住まうメール山(須弥山)をイメージして『Dakshin Meru:南のメール山』とも呼ばれているらしい。
神殿ヴィマーナは16階の層塔構造になっている。最上部には冠状のシカラとピナクル
主神殿ヴィマーナ(層塔)の巨大さは圧倒的なのだが、とにかく境内すべての造作がでかいので、遠ければ小さく見え、逆に近づきすぎるとその大きさの全体像が分からなくなる。
このヴィマーナ最上部に置かれたシカラと呼ばれる一枚岩の冠石は80トンもあると言われ、今から千年も前に一体どうやってこれを高さ60mにまで持ち上げて据えたのか、未だに謎に包まれているらしい。
ちなみに、写真は撮れなかったが、神殿内部の御本尊であるシヴァ・リンガムは高さ3.7mで、これもインド最大級を誇ると言う(こちらのサイトで写真を見られる)。
『王の中の王』を自称するこのラージャラージャ大王は、とにかく一番でかい事が好きだったようだ。その自己顕示欲が国家事業として結実したのがこのブリハデーシュワラ寺院な訳で、現代人の一庶民に過ぎない私などの想像を超えた世界が広がっている。
恐らく絵にかいたような『俺様キング』だったのだろう(笑)。この様な素晴らしい寺院を残してくれた事はありがたいが、しかし生きて目の前にいたら、あまりお友達には成りたくはないタイプかも知れない。
神室の漆喰壁内部から発見されたチョーラ朝時代の古いフレスコ画『戦うシヴァ神像』。あるいはこれは征服王ラージャラージャⅠ世の、自己投影の産物か(博物館展示より)
私はこれまでインドを広く周り、様々な宗教の現場にも立ち会って来ているが、いわゆる『我執』が強く自我意識の肥大化した者ほど、宗教心あるいは『信仰心』もまた強い、という側面は否定できない気がする。
結局「神を崇める」と言う心的営為は、「自分を崇める」という事の別態様に過ぎない。
このブリハディーシュワラ寺院の別名はラージャラージェシュワラ(Rajaraja-eshwara)と呼ばれ、その意味はラージャラージャ神、あるいは「神なるラージャラージャ」になる。
正に彼は、自らを「生けるシヴァ神の化身」として自画自賛し、崇めていたのだろう。
古代エジプトの王ファラオが言う、「我に従え、我は神なり!」という叫びが結晶化したものこそが、この壮大なるラージャラージェシュワラ寺院に他ならない。
私は別ブログ『仏道修行』のゼロポイントでゴータマ・ブッダの原像について探求しているが、正にブッダの生き様の対極に位置する様な『世俗の王』を体現し、その頂点を極めた者こそが、ラージャラージャⅠ世大王だったのだ。
そんな王が、ブッダの教えとそれを奉ずる者たちを憎悪し攻撃したのは、ある意味必然だったのかも知れない。
本殿の壁面には間をおいて龕が掘られ彫像が設置されている。これはヴィシュヌの女性形なのでラクシュミだろうか。最下部に列をなしているのは南インドに特徴的な神獣ヤーリ
Chola Splendour によると上の像はサラスワティ女神らしい。穏やかな菩薩顔をしている
真横(南側)回廊から見上げるヴィマーナ
手前西から奥東に向かって、ガネーシャ堂、本殿とその前室、ナンディ堂、第2ゴプラム、第1ゴプラム
本殿左奥にあるガネーシャ堂の御本尊
境内の構成は、中心に巨大な本殿並びにその前室を東西に横たわる形で置き、その入口正面(東側)にナンディ堂、本殿の左(南側)奥にガネーシャ堂を、右(北側)の奥にスブラマニヤ(スカンダorムルガン)寺院、入口正面の右横(北側)にアンマン(パールヴァティ)寺院、ナタラジャ・マンダパ、その他の小祠堂などを配した寺院コンプレックスになっており、その周囲を取り囲む内壁は回廊状になっている。
境内見取り図(博物館展示より)
中でも北西隅のスブラマニヤ寺院はその外装彫刻が美しく、また内部が彩色された前室も珍しい意匠で、是非覗いて見て欲しい所だ。
精緻な造作が美しいスブラマニヤ寺院。階段部の彫刻が見事だ。左側の馬の像はその後部に本来は車輪をおいており(この時は博物館に展示)、寺院全体がラタ戦車(馬車)である、というコンセプトに基づいている
別サイドの階段装飾。左隅のクジャクに乗っているのはムルガン神
スブラマニヤ寺院全景。コンパクトにまとまった美しい造形だ
神室の脇を守る門衛ドワラパーラ
前室内部は美しく彩色され、中でも天井のチャクラ文様が印象的だ。奥には本殿入口が見える
この前室内部の装飾には、ナンディ堂の天井絵と同様、印象的な『青』が用いられており、これはひょっとすると強大な海軍力を誇ったチョーラ朝の『ネイビー・カラー』なのかも知れない。
七五三?的なプージャでアンマン堂に来ていたおばあちゃんとお孫さん。インド人の家族愛は深い
ナタラージャ・マンダパの御本尊、踊るシヴァ神像
境内の周囲を巡る内壁回廊、その南側は博物館などで塞がっているのだが、特に西側には沢山のシヴァ・リンガムがズラリと並べられ、その背後の壁には彩色画が描かれたギャラリーになっている。
結構大きなシヴァ・リンガムと壁絵。シヴァと神姫パールヴァティがナンディに乗っている
ネズミに乗ったガネーシャ神。彼はシヴァとパールヴァティの息子だ
それ以外にも内壁回廊はシヴァ・リンガムであふれており、一説によると総数250を超えるリンガが祀られていると言う。
回廊はいたる所このような大小のリンガだらけだ
ブリハディーシュワラ寺院の北側には、かなり広い緑地公園(小動物園を兼ねる)が設けられていて、そこからも本殿ヴィマーナを遠望する事が出来る。
北側から見た本殿ヴィマーナ。緑のヤシとのコントラストが新鮮だ
公園の木々の間からもヴィマーナの雄姿が見える
この公園、有料だがインド的な微妙な情趣に溢れていて周回するミニ電車も走っている。さすがに一人で乗る気にはなれなかったが、カップルなどであれば童心に帰って乗ってみるのも楽しいだろう。背後には大きな貯水池がありボートにも乗れる。
タンジャブールは長くチョーラ朝の首都でもあったので、市内には他にも旧パレスや博物館などの見所がある。時間に余裕があれば是非まわって見たい。
ブリハデーシュワラ寺院のヴィマーナを模したようなArsenal Tower
タンジャヴール・マラタ・パレス(Thanjavur Maratha Palace)はユニークなタワー建築がひと際眼を惹く。展望塔であるBell Towerの内部天上は美しい蓮華のモチーフで飾られている。
反対側のベル・タワー。屋上に登った人の姿が見える。建物が中庭を四角く囲っている
蓮華デザインが美しいベル・タワー内部。一部が博物館になっていて巨大なクジラの骨格標本がある
アート・ミュージアム(美術館)は、その格調高いチョーラ様式のブロンズ像の宝庫で、一見の価値があるだろう。
頭上に頂いた高い冠が特徴的なチョーラ様式のヴィシュヌ像
グラマラスな女神像。タミルの女性像は非常にスタイルがいいのだが、王宮の女たちがモデルなのだろうか
磨いたのかそれとも新しいレプリカなのか、多重円環と全体のデザインも珍しい黄金のナタラージャ神像
実はこの博物館にはいくつかの仏像も収蔵されており、そのスタイルはスリランカのそれと酷似している。この辺り、仏像の造形を対比しつつ様々な検証を行えば、歴史的なタミルとスリランカ両者の因縁関係が浮き彫りになって来る気がする。
半跏趺坐や手の重ね方、頭頂部の意匠などスリランカの物と酷似している仏像
こちらも同様、この地域で仏教が栄えていた頃の歴史的遺産か
ブリハディーシュワラ寺院について、日本語のサイトでは以下の二つが詳しい。私も本ブログを書くに際して拝見して、改めて勉強になった。
BRIHADISWARA TEMPLE in THANJAVUR 神谷武夫 と 大チョーラ朝寺院1、
そして旅のノウハウに関しては『2015年週末海外計画第1弾 懲りずに弾丸マレーシア&南インドの旅 (2)インド・タンジャヴール編 』 など。
英語版は
Brihadeeswarar Temple - Wikipedia と Welcome to The BigTemple.com !
最後に、Youtubeのビデオを張っておこう。最初のものは英語。二番目はタミル語だが英語の字幕が付いている。どちらも映像は綺麗だ。
最近のビデオは高画質で臨場感に溢れており、これらを見ただけで全容が大体把握できるが、あの巨大ヴィマーナの圧倒的な存在感はやはり生で見なければ味わえない。
PRIDE OF INDIA - A Documentary On Thanjavur Big Temple
Raja raja cholan death place | thanjavur big temple history & secrets
タンジャヴールは州都チェンナイからバスで8時間、近隣のポンディシェリー、チダムバラム、クンバコナム、ティルチー、そしてマドゥライなどからも多くのバスがある。
長距離バスが発着するニューバススタンドは市中心部から数キロ離れており、オールド・バススタンドとの間には市バスが通っている。
タミルナードゥ州は長距離、市内共に非常にバスの便が充実している。観光ポイントもバス移動に適当な距離で点在しているので、州内の移動であれば鉄道を使うメリットは余りないだろう。
宿は鉄道駅周辺からオールド・バススタンド周辺にかけてに集中している。移動の便も考えるとバススタンド周辺がお勧めだ。最近のインドは変化が激しいので、訪問する場合は最新の情報を収集して欲しい。
市の中心部からブリハデーシュワラ寺院までは、たいていが徒歩で行ける距離だ。タミル人は親切なので、通称の『ビッグ・テンプル(Big Temple)』と言えば誰でも行き方を教えてくれるはずだ。
この寺院は世界遺産であるにもかかわらず入場料を取らないと言う素晴らしいポリシーを堅持しており、1,000年の歴史を持ちながら今でも現役の生きた寺院として市民を始め多くの人々に親しまれている。
是非機会があれば訪ねてみて、直接その眼で、あの圧倒的な巨大さを感じて欲しいと思う。朝晩のプージャや祭礼などに参加できれば、忘れ難い思い出になるはずだ。
本ブログの記事が、あなたの旅心を少しでも刺激できたなら嬉しい。
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