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チャトリ墓廟が意味するものと仏教ストゥーパ / ウジャイン 2

前回のウジェイン1記事の中で、ハルシッディ寺院のドーム天井について紹介した。

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ハルシッディ寺院のドーム天井に描かれたシュリ・シャクティ・ヤントラ(マンダラ)。アングルの関係で分かりにくいが、ヤントラの中心が天上ドームの中心になる

ハルシッディ寺院もそうだが、ウジェインを含めて、西インド全域で特徴的に見られる建築様式にドーム構造屋根がある。

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メインとなるラム・ガートのすぐ背後には、印象的なチャトリの一群がある

それは大きく、ヒンドゥ教やジャイナ教の寺院建築と、チャトリ、すなわちマハラジャなど高位の実在の人物をその死後に記念した墓廟建築に分ける事ができる。

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ウジャイン市内のシヴァ寺院。御本尊を納めた神室の上部には高い尖塔が聳え、その手前にドーム屋根のマンダパ・ホールがあるという基本的な構造はハルシッディ寺院と同じ

ハルシッディ寺院や上のシヴァ寺院の場合は、御本尊が安置される神室の上部が高い尖塔型屋根の本殿で、手前にある礼拝室マンダパがドーム状の天井・屋根になっている。そして注意深く見ればドーム頂上にはチャトリのそれと同じ小尖塔構造が確認できるだろう。

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マンダパ・ホール内部から神室を望む。ドーム天井の円輪デザインは下のチャトリのそれと重なる

チャトリの場合余計な神室・本殿がないので、外観内部共にキッチン用品のボウルを伏せたような構造になっている事が手に取るように分かる。

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ウジェイン市内、メイン・ガートの背後に立つチャトリ墓廟。一見するとイスラム建築様式に見えるが・・

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その内部天井の円輪デザインは、上述ハルシッディ寺院やシヴァ寺院などのドーム天井と重なり合う

ヒンドゥ教徒の場合、遺体は荼毘に付して川に流すので一般的な墓は持たず、このチャトリはあくまでも遺体の埋葬を伴わない記念廟になる。

ここには4基のチャトリがあるが、中でも最大のチャトリの内部中心には、興味深い事にシヴァ・リンガが祀られている。

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内部天井と同じく同心円状にデザインされた基壇上、その中心に据えられたシヴァ・リンガ(チャットルムカ・リンガ)

他のチャトリでは、そのドーム屋根に覆われた円形のフロア中心には、記念されているマハラジャやその伴侶と思われる座像や立像が安置されている。

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二番目に大きなチャトリの中心には、マハラジャと思しき座像が置かれている

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別のチャトリに安置された立像。頭部の形状(髪型)や表情から見て女性だろう

ここで面白いのは、何故死んだ人間とシヴァ神が、同じ様式で祀られ得るのか、と言う点にある。その根底にあるのは、インド人が持つ独特な死生観だ。

インドでは輪廻転生の世界観が深く信仰されている。そして古代において、一般的な在家の人々にとって最も望ましき死後の帰趨は、神々の住まう天界への再生であると考えられていた。

やがてそこにブッダやマハヴィーラなど輪廻からの解脱を志向する求道者たちの思想が加わって、本来天界の住人であったはずの神々の中で、シヴァやヴィシュヌやブラフマンなどの至高神たちが、その背後にある‟絶対者ブラフマン”と共に『解脱界(解脱の境地)』を象徴体現する様になっていった。

ここに同じチャトリ基壇の中心に、シヴァ神と死者が同じように祀られ得る論理的整合性がある。つまりチャトリにおいて祀られた死者は、神々が住まう天界への再生、あるいは仮想の『解脱界』への帰趨が強く願望されている、という事なのだ。

そう考えるとチャトリと言う構造建築が全体として何を表象しているのかが分かってくる。それは有りうべき天上界、そしてそれを遥かに超えた高みにある『解脱界』の具象化に他ならない。

そもそもこの墓廟を意味する『チャトリ』、本来は貴人を象徴する日傘や傘蓋を意味し、そこから更に『天蓋』というイメージをも派生していく言葉で、後述する『チャトラ』と重なり合うものだ。

この『天蓋』という概念の中にこそ、天のドームの最上部に位置する天界や『解脱界』のイメージが内包されていると私は考えている。

つまり、チャトリ基壇の中央に祀られたシヴァ・リンガムは天蓋ドームの頂点である天界(解脱界)から地上への神の降臨を表しており、同じように基壇中央に置かれた死者の像は、地上から天界への死後の上昇再生(あるいはそれをも超えた解脱)という願望を象徴している。

そのドーム屋根が特徴的な線条を持った玉ねぎデザインである為、一般にこのチャトリはイスラムのドーム建築の影響を強く受けたものだと考えられがちだが、実態としてはその頂から放射状に刻まれた線条は傘の骨(車輪で言うスポーク)を表しており、その内実は極めて土着インド的である事が分かるだろう。

そして、あまり知られていない事実だが、このような輪廻転生思想や天の傘蓋と言う概念の背後には、インド固有の『輪軸世界観』や『須弥山思想』と言うものが横たわっている。

この『輪軸世界観』や『須弥山思想』を前提に更に考察を推し進めると、ヒンドゥ・チャトリは起源的に見て、仏教のストゥーパ建築と深い関わりがあるのではないかと思われるのだ。

ストゥーパとは仏教の開祖ゴータマ・ブッダの死後、その火葬した遺灰(舎利)を分骨してインド各地に祀ったという、その墓廟に起源するもので、元々はさほど大きくはない土饅頭の塚の様な物だったと考えられている。

それが時代を経るに連れて巨大化し、サンチーに見られるようなレンガを積み重ねた巨大な伏せ鉢型の構造建築へと進化したという。

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半球状のドームが美しいサンチー第三ストゥーパ

その後長い時を経て、ヒンドゥ教の台頭とムスリムの侵略などによりインドから仏教が滅び去った時に、このストゥーパ建築文化も共に滅び去ったというのが一般的な認識なのだが、私はこのウジェインのチャトリを目の当たりに見て、全く新しい可能性について眼を開かされたのだった。

それが、このチャトリというヒンドゥ教の墓廟は仏教ストゥーパの正統の後継建築ではないか、と言う仮説なのだ。

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サンチー第一ストゥーパの中心頂上に建てられた傘、すなわち『チャトラ』のアップ

これはサンチー・ストゥーパの頂上中心に聳えるチャトラがチャトリの類語であり、更にストゥーパのドーム状の造形や共に墓廟であると言う事実から単純に直観された仮説なのだが、その奥行きは深い。この話は相当に長くなるのでまた稿を改めて書きたいと思う。 

 

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