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ケララの伝統武術:カラリパヤット(Kalaripayattu)

カラリパヤットケララに古くから伝わる伝統武術だ。

日本では古くは80年代アリナミンのテレビCMで「いやはや、鳥人だ!」というキャッチコピーが話題になった3mのハイジャンプ・キックを行ったのがカラリパヤットの達人であった。

Kalariと云う言葉はSanskritで練兵場を意味するKalurikaに由来し、Kalaripayattuとは練兵場で行われるトレーニングを意味する。

単に武術と云うだけでなく、伝統舞踊のカタカリやアーユルヴェーダ療術などにも大きな影響を与え、ケララを代表するコア・カルチャーとも言えるだろう。 

少なくとも12世紀には現在の形で存在していたとされ、16世紀に最盛期を迎えた。その源流は大きく二つに分けることができる。

ひとつは紀元前3世紀から後7世紀にわたる、いわゆるサンガム時代に発展したタミル武術の血を引くケララ土着の武術。もうひとつは外来勢力に圧迫されて西インドからケララに南下して来たバラモン移住者がもたらしたヴェーダ系のアーリア武術(その性格上ヒンドゥ教色が強い)。

カラリパヤットはこの二つが見事に融合したところに生まれたハイブリッド武術であり、しかもインドでも、もっとも古い形を今に伝える伝統武術である、という事ができる。 

カラリパヤットの大きな特徴のひとつが、マルマンという急所(ツボ)の概念を持ち、それが攻撃技にも体系的な療術システムにも活用されている点にある。ケララに特産する豊富な薬草を用いた土着の医学が、アーリア系のアーユルヴェーダと融合したカラリ療術は、オイル・マッサージを中心とした地元住民のもっとも身近な医療として、今日でも多くの人々に利用されている。 

しかし、イギリス植民地時代は反抗の象徴として徹底的に弾圧され地下にもぐったという。この受難によって多くの重要な技やその理解が失伝してしまった事は想像に難くない。

その後、1920年代にC.V.Narayanan Nairとその師、Kottakal Kanaran Gurukkalによってカラリ・ルネッサンス運動がおこされ、それに呼応するように南インド全体でカラリパヤットをはじめ様々な伝統文化の復興が行われた。ちなみにグルッカルGurukkalは師範を意味する尊称。 

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C.V.Narayanan Nair(左)とその師Kottakal Kanaran グルッカル(右) 

このCVNムーヴメントについては、その功罪において賛否両論がある。

ひとつには、本来伝統カラリパヤットが持っていた複雑精緻なシステムを、その武術的意味を軽視して簡略化してしまったという批判。

もうひとつは、その後の西欧人カラリパヤット修行者との交流において、特に彼らの多くがダンサーや舞台表現者であったため、さらに武術的意味が変質・失伝してしまった、という批判だ。

しかし、いずれにしても、CVナラヤナン・ナイールの存在を欠いて現代カラリパヤットを語ることはできない。そういう意味では、彼は古流柔術を現代柔道へと進化させ、その後の世界的発展の基礎を築いた加納治五郎に喩えられる、カラリパヤット中興の祖と言えるだろう。 

カラリパヤットのスタイルは、大きく北派のVadakkanと南派のThekkanに分けられ、北派はその功績からCVNスタイルが主流となる。 

 

Vadakkan(北派)

伝説では、聖仙パラシュラーマがシヴァ神から学んだ武術がその起源だと信じられている。ケララ北部のマラバール地方で主にナイール氏族によって継承されてきた。 

カラリ道場はクリ・カラリという伝統的な建築法にのっとって半地下構造で建てられる。南西のコーナーにはプータラという7段の祭壇が置かれ、一番上にはカラリの守護神が祭られる。

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プータラ祭壇に火を灯すヴィジャヤン・グルッカ 

カラリパヤットとは語義的には、この特徴的な道場の中で行われる練兵のシステムを意味するので、そのような道場建造物を持たない南派は本来はカラリパヤットと呼ぶ事はできない。 

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伝統的なクリ・カラリの道場。半地下構造で屋根はヤシの葉っぱで葺かれている。 

入門は普通7歳前後に行われ、Gurukkal(師範)の足元を手で触れる礼によって入門が許される。道場に入る時は右足から。そして祭られた神々に礼をし、師範に礼をした後、稽古が開始される。通常、修行者はカッチャーと云う褌をしめ、稽古前には全身に独特のごま油が塗られ、稽古の進展と共にこれが体内に浸透し、相乗効果を発揮していく。 

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稽古前にセルフ・アビヤンガ(オイル・マッサージ)を行う練習生。

稽古の特徴は何よりもその柔軟性にある。鞭のようにしなる身体は、まるで骨のないゴムでできているように見える。そしてジャンプ。ひねりや回転を加えた跳躍は、日常ではありえない動きを可能にしている。

また、シヴァ・シャクティ信仰に基づく、クンダリーニの方法論を取り入れており、ヨーガの伝統と重なる部分も多い。それは、ヨーガの影響を受けたというより、ヨーガと同じルーツを持つと言ったほうが、より正確だろう。 


Vallabhatta Kalari Sangamによるメイパヤットのデモ。後半部に南派の型が登場する。 

一般に修行は厳しい階梯システムで行われ、すべての習得は困難を極める。短期なら、まずは体錬だけを経験する事になる。修行の階梯は以下のように分けられる。 

1. メイターリ(体錬)

入門者が最初に行うトレーニング。蹴りを主体とした基本のChuvatuから始まり、動物の姿をかたどったVativuというポーズに進み、最後はすべての動きを統合した一連のシリーズAdavuとして完成する。

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イノシシのポーズ。実際の動きの中では突き出した左の肘を牙のようにしゃくり上げる。

このアダヴの総称がいわゆるMeyppayattで、一般に18本のメイパヤットが型として伝えられている。ちなみにヴァティヴのポーズでは腰の低さが重視され、その動きは相撲のしこや蹲踞、股割にも通じるものがある。

どんなベテランも、毎日の稽古はすべてこのメイターリからスタートして武器技へと進む。また、一連の稽古は、すべてヴァイターリというグルッカルの号令と共に行われる。

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ケトゥカーリの棒術の組棒

2. Kolthari(木製武器技) 

一般には数ヶ月~1年のメイターリ修行を終えた後、グルッカルによって許される。最初はKettukaliと云うCane(藤)でできた長い棒から始まり、Muchhan(短棒)、Otta(曲棒)、Gadha(重いバット)などに段階的に進んでいく。

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オッタ・パヤット。独特のカーブを持った短棒術。

3. Ankathari(金属性武器技) 

Dagger(短剣)、Udaval&Paricha(剣と盾)、Kuntham(槍)、Urumi(ゼンマイ状の両刃の剣。鞭のように使う)などがあり、北派カラリパヤットの白眉。

4. Verumkai(素手格闘術) 

Marmanと呼ばれる急所への攻撃を始め、関節技、投げ技、打撃技を含む総合格闘術。ここまで進むためには最低でも5年以上の修行が必要とされる。  

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独特な絞め技。基本は腕と首を攻める。

以上が一般的な弟子が習得できる4段階で、その他に奥義として、

1. Marma Chikitsa(ツボ療術)

2. Mantram(真言による瞑想集中) 

が存在するが、短期の修行でこの領域に触れるのはほとんど不可能。10年以上修行した者の中でも、選ばれた弟子にのみ伝えられる、まさに秘伝中の秘伝に属する。

そして、このMarma Chikitsaを師から受け継いだ者だけが、次代のグルッカルになることができ、彼は武術の師範であると同時に、地域の療術師として活躍する事になる。

 

Tekkhan(南派)

伝説では聖仙アガスティヤがその始祖とされる。ケララ南部から現在のタミルナードゥ南部にかけて、かつてのトラヴァンコール藩王国の領域でナイルやナダル氏族によって発展・継承されてきた。師範はアシャンと呼ばれることが多い。 

本来はカラリパヤットとは別個の伝統武術、アディ・タダAdhi Tadaとして継承されてきたが、インド独立後マラバール地方と併せてトラヴァンコール地方がケララ州に統合された事により、南派カラリパヤットと呼ばれるようになった。 

一般に北派のように特徴的な道場を持たず、屋外で稽古が行われる事が多い。また、素手の格闘術が中心で、入門者もまずVerumkaiからスタートする。北派と違って厳しい階梯システムもなく、外国人が短期で修行する場合、特に空手など打撃系格闘技の経験者にとっては、入りやすい。 

急所のMarmanに関する知識やマッサージの技術はこのテッカンからワダッカンに伝えられたとされ、より古いドラヴィダ武術の形を今に残すといわれる。

また、後述するタミル武術シランバムとカラリパヤットをつなぐものとされ、ある意味南インド武術の要とも言えるだろう。 

☆伝説によると、中国の少林寺で禅の開祖となったBodhi Dharmaは、タミルナードゥのKanchipuram出身とされ、彼が南インドで学んだ武術(カラリパヤットの原型)を禅と共に中国に伝え、それが中国武術の元になったともいわれる。それが事実なら、日本の空手も遠くインドにその源を発する事になる。 

 

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